(その1)では、個人間、プライベートな面では、聞こえる私たちと同様に自由に連絡が取れ、プライバシーも守られるようになったけれども、社会は依然として、音声通話しかできない仕組みが多く残っています、ということを書きました。
手話に関わる活動をしていると、ろう者の日常生活の困りごととして必ず出てくるのが、「問い合わせ先に電話番号しか載っていない」という話。
ちょうどこの「愛していると・・」のドラマが流行ったころは、ろう者によく電話を頼まれました。依頼される内容は「今いそぎ確認が必要」なことが多かったです。まだ公衆電話全盛期で、ろう者はテレフォンカードを持っていて、電話をかけるときは、そのカードを使うんですね。携帯が普及しだすと、ろう者が自分の携帯で掛けてって携帯を渡してくれるのですが、私は使ったことがなかったので、慣れるまでは緊張しました。
一方その頃、というよりも、それよりも昔からアメリカでは「TTY」という通信機器が普及していました。ご存じない方もあるかもしれませんが、イメージとしては、昔のワープロに受話器が合体しているような機械で、文字を打ち込むと、それが液晶に表示されて、通話相手と文字で通信できる仕組みでした。これでろう者は自ら連絡を取りたい人に連絡が取れたんですね。アメリカは進んでるなぁ!と感心していました。
これまで私はいろんなところで手話通訳者として雇用され働いてきましたが、「ろう者の生活はなんて不便なんだ!」と心底思った出来事がありました。
ある日ろう者が相談にやってきました。そのろう者は宅急便の不在連絡票をもっていました。話を聞くと、再配達の連絡をしたいけれど、仕事をしているから(手話通訳者がいる)市役所に行くことができない。もうかれこれ1週間近く連絡できていない、保管期限が書いてあるから、早く連絡したい、ということでした。
不在票を見ると、連絡先は電話番号のみ。市役所の開庁時間は基本平日の9時~17時なので、身近に手話のできる知り合いがいなければ、働いているろう者はずっと連絡できないままになってしまうんだということを改めて知って、愕然としました。そのろう者はそのお願いをするためだけに、わざわざ往復1時間以上かけて電車に乗って、土曜日開所している私の職場まで来たわけです。こんなバカな話があるか、と思いました。それがつい5年ほど前の話です。
もちろんろう者は、FAXで、あるいはメールで連絡できるよう、少なくとも公的機関のお知らせには載せてほしいとずっと要望を続けています。最近は「障害者差別禁止法」など法律ができて、ずいぶんと状況は改善されてきましたが、例えば最近奈良県が作成した「子どもの救急チャンネル」という動画、手話通訳こそ入れてくれましたが、まだこんな感じです。
私は通訳しながら、「ううむ・・」と思っていました。
なんてこの四半世紀のことをつらつらと思い出しながらドラマを見ていたその夜、なんとも嬉しいニュースが目に飛び込んできました。
「手話で電話利用を仲介、聴覚障害者向け 新法成立」(日経新聞6月5日ネットニュース版見出し)
俗にいう、「電話リレーサービス」が国の公的な制度で来年度から始まるのです。
これによってろう者は、例えばピザのデリバリーを頼みたいとか、荷物の再配達をお願いしたいとか、歯医者の予約を変更したいとか、ちょっとした用事のときであっても、私たち聞こえる人間が電話を掛けるのと同様に電話をかけて、手話や文字で要件を伝え、通訳者を介して相手とやり取りしその場で内容を確認して、用事を済ませることができるようになるのです。もうわざわざ役所に行くこともないのです。連絡が届いたかなと不安になることもないし、相手からの返答がくるまで、首を長くして待つことも必要なくなるのです。
これは、ろう者の自由、そして、ろう者が決定の主導権を握ることを国が保障するということであり、大きな大きな前進だと私は思います。
ここに至るまで尽力されたすべての方に敬意を表します。
FAXが普及し始めて四半世紀でここまできました。
私が恐らくまだ生きているであろう四半世紀後、ろう者を取り巻く状況はどうなっているでしょうか。
「手話通訳者なんていらない」という時代になっていないかな。いや、その前に、
「手話通訳者がいない」という社会になっていないかな。
参考URL:NHKオンラインニュース
「聴覚障害者が手話通訳など介し電話を利用 公共サービスで提供」
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